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〝その人らしい生き方〟を支えたい

病院で働く父の影響を受け、看護師を目指し始めた

iawata-8子どもの頃から、放射線技師である父について病院に出入りする機会が多く、父を待つ間、一緒に遊んでくれる優しい看護師さんに憧れを抱くようになりました。私はもともと健康に恵まれている方だったので、病気と闘う人を支えることで、世の中の役に立ちたいと考えたりもしました。そして自然に、将来は看護師になろうと思いました。長年医療現場で活躍してきた父が、誰よりも私の夢を応援してくれる存在になってくれて、とても心強かったことを覚えています。東京の看護学校に進学しましたが、看護師免許を取得した後は住み慣れた地元で働きたいと思い、この病院の小児科と腎・泌尿器科の混合病棟に就職しました。

やっぱり急性期の現場で看護がしたい

混合病棟で3年間働いた後、透析室に移動になりました。そこでも3~4年頑張りましたが、家事・育児と総合病院での仕事との両立はなかなか難しく、一旦退職しました。子どもが小さいうちは夜勤のないクリニックで働いていましたが、徐々に「このままでいいのかな?」と思い始めました。急性期の現場から離れることで、最新の医学的知識や技術についていけなくなることに、不安を感じました。「また急性期病院で働きたい!」という気持ちが日に日に大きくなり、当院への再就職を決心。初めの半年は臨時職員でしたが、その後正規職員になり、委員会の仕事も夜勤もすべて行うようになりました。しばらく病棟勤務から離れていましたがその分、自分の家庭生活や子育ての経験などを通して、広い視野を身に付けて復帰できました。患者さんやご家族の気持ちをより想像できるようになっただけではなく、一緒に働く仲間に対して、昔よりも感謝や思いやりの気持ちを持てるようになった気がします。

本人や家族の意向に沿うサポートを

ある患者さんの退院支援に関わっていた時のこと。もともと長く自宅療養されてきた方でしたが、食事や内服が難しい状態でした。医療者側は自宅療養が難しいので一旦転院を勧めましたが、本人も家族も自宅に帰ることを強く希望されました。「本人や家族が〝望む暮らし〟に近づけるために、自分たちにできることは何か?」-主治医、担当ケアマネージャー、訪問看護師たちと話し合いを重ねた結果、本人の調子が良い時間に食事と内服を行えるように、一日の過ごし方を組み立てることになりました。病院に居るとどうしても病院のペースに患者さんを合わすことを考えてしまいがちですが、退院を見据えて、なるべく自宅での生活リズムに近づけるような工夫をしたのです。そして家族に食べたいものを届けてもらうことで、「しっかり食べて、元気になって帰りたい!」という気持ちを引き出しました。最終的には念願かなって、その方は自宅に退院できました。看護師は医療的知識を持って日常生活を整える専門家ですが、それが一方的になってしまっては意味がありません。これからも、常に患者さんや家族の思いに寄り添いながら、多種職が連携し、意向に沿ったサポートを導き出せるような看護をしていきたいです。

スタッフが「長く働きたい」と思える病院を作りたい

入職してから18年。病院と一緒に成長してきました

iawata-7手に職を持ちたいという思いから看護師を目指した私は、看護学校卒業後、当院に就職しました。入職当初の1ヶ月は旧病院での勤務でしたが、間もなくオープンした現在の新病院への引っ越しにも関わって来たので、振り返ればまさに病院とともに歩んだ18年間と言えます。

ICUでの勤務からスタートし、その後循環器病棟に異動。現在配属されている消化器内科病棟では4年目を迎え、この4月から副看護師長となりました。家庭生活や育児と看護師の仕事を両立させていくことに不安を感じていた時期もありますが、2回の産休・育休を経て、今でもこうして看護師を続けられているのは、地元に密着した温もりのある医療と看護を提供し続けている、当院への強い愛着があったからだと思います。

地域医療連携室と協力しながら、〝その人らしい生き方〟をサポートします

日々、多くの患者さんと関わらせていただいていますが、看護していく上で一番大切なのは、患者さんに根気よく向き合っていく姿勢そのものだと思います。重症で意思疎通を図ることも難しかった患者さんが、元気になって歩いて退院される姿を見るたびに、毎日コツコツ関わることの意味深さを感じます。

中には、相手の目線に立って看護をしていたつもりが一方通行で、患者さんの気持ちを十分汲み取れていなかったのかな、と反省する場面もあります。

特に今働いている消化器内科病棟には終末期の患者さんがたくさん入院しておられるので、〝自分らしい最期の迎え方〟を模索する患者さんに寄り添えるように、スタッフみんなが地道に信頼関係を作って行けるよう頑張っています。当院は地域医療支援病院として、地域住民の方々が退院後、スムーズに生活をはじめられるように、入院してすぐの段階から退院調整を開始しています。地域医療連携室と病棟看護師がしっかり連携できるよう、カンファレンスを定期的に開催し、患者さんやご家族のQOL向上を目指しています。

育児短時間制度・部分休業制度を活用し、キャリアを積んでいく後輩をもっと増やせるように

多くの看護師が結婚や妊娠・出産・育児をきっかけに、病棟勤務を諦めてしまうのはとても勿体ないことだと思いませんか?私は2回、産休・育休を取得しましたが、復帰直後は部分休業制度を活用していました。職場のみんなに協力してもらいながら、出勤時間を遅らせたり、早めに帰らせてもらえたりしたからこそ、ここまで仕事を続けて来られました。

いつも私をサポートしてくれたみんなへの恩返しとして、若い看護師達が気兼ねなく、当たり前のようにこういった制度を活用できるような風土を作っていきたいと思います。長く働いているからこそ味わえる〝看護の醍醐味〟に気付く前に病院を去ってしまう看護師を1人でも減らせるように、これからも自分自身がロールモデルになったつもりで仕事に取り組んでいきたいです!

看護師は子どもの時からの夢でした

iawata-6小学生の頃活発だった私は、頻繁に怪我をして近所の整形外科にお世話になっていました。看護師さんとは顔見知りになって、怪我をするたび「また来たの?」という感じ(笑)。そうして看護師さんに触れるうちに憧れるようになり、小学4年の時には「大きくなったら看護師になる」という固い意志を持っていました。

小学校も中学校も卒業文集には「将来は看護師になる」と書き、高校は衛生看護科に進学。そして看護科に進み資格を取得しました。

夢は1度も揺るぐことなく看護師になったのですが、夢を実現して感じたのは、命を預かる責任の重圧でした。「ニコニコしているだけではダメなんだ」という現実に直面し、知識や技術がなければ務まらない仕事だというのを実感しました。

 

これまで支えてくれた人たちに感謝

これまで仕事を続ける中で、3度「辞めたい」と思う時期がありました。

1回目は新人の頃。思うように仕事ができない自分に対して「看護師に向いていないのではないか?」と思うようになり、逃げ出したくなりました。2回目は自分が交通事故にあい怪我をしたとき。自らが万全ではない体調で患者さまに向き合うことへの不安が大きかったからです。そして3度目は、ある理由で目標を見失った時でした。しかし今も看護師を続けていられるのは、辞めたいと思う私を周囲が温かく見守り、支えてくれたから、気持ちを立て直すことができたのだと思います。あの時に辞めていたら、今の自分はありません。そう思うと、これまで支えてくれた人たちに感謝すると同時に、私も誰かを支えることで、恩返しをしたいと思います。

 

また、若い頃には患者さまの疾患に目がいきがちでしたが、経験を重ねた今は、患者さまやご家族の生活を捉えてニーズに合わせた看護の必要性が実感できるようになりました。在宅での生活に向けて、入院中にどんな支援が必要かを考えることが重要であり、そんなことを若い看護師に伝えていくのも私の役割だと思っています。

 

それぞれの価値観や看護観を認め合いたい

看護の仕事は、経験を重ねるごとに楽しさが見えてくると感じています。様々な年代の看護師が集まるチームの中で、それぞれが、それぞれの段階の価値観や看護観を認め合ってこそ、お互いに成長し合い、質の高い看護に結び付くと思います。そんな気持ちで、メンバーには「教えよう」という姿勢ではなく、自然に関わっていこうと考えています。

 

私自身の今後についても、ジェネラリストとして幅広く看護を深めるのか、スペシャリストとして何かを貫こうか・・・と、まだ決めかねている状況です。とにかく今は、患者さまがその人らしく生活できるように、包括的に考えられる視点を高めることにこだわりたいと考えています。

 

気が付けば私も母と同じ道をめざす

iawata-7私の母は看護師としてフルに働いていたため、幼いころから夜勤に出かける母の背中を見たり、祖母と留守番していると朝に母が帰ってきたり、という看護師の生活スタイルが、私の中で自然になっていました。そんな日々を過ごすうち、気が付けば私も母と同じ道に進みたいと思うようになり、看護師を目指しました。看護を学ぶうちに「人の痛みや苦しみにより添った仕事がしたい」という気持ちが強くなり、今日まで仕事をしてきました。
当院には新卒で就職しましたが、初めは何もできない自分に焦りを覚え、2年目の先輩がとても大きく見えたことを今も覚えています。

 

出来る限り患者さまの声を聴いて看護に活かす

私は今、看護師になって20年目なのですが、病棟やICUの経験を経て、今は外来で勤務しています。外来は病棟とは違い24時間患者さまと関わることは出来ません。限られた時間の中で多くの患者さまと接するために、ともすれば業務に流され看護がうすくなってしまいます。どんなに医学が進歩しても看護の原点は優しさ、思いやり、痛み、苦しみにより添える心だと思っています。もう少し気持ちに余裕をもって患者さまの声を聴いていきたいと思います。

 

当院の取り組みの一つに、訪問看護ステーションとの相互研修があり、私も訪問看護ステーションの実習に行きました。その実習で感じたのは、在宅で暮らす療養者の方々の立場で外来看護を考えなければいけないということでした。

 

外来の待ち時間が長いというのは永遠のテーマであり、様々な工夫はしているのですが、訪問看護を受けながら療養している方が受診されるとき、待ち時間の苦痛は大きいというのを実習から学びとりました。それを自ら外来看護師に伝えられない患者さまも多いので、それなら事前に訪問看護師さんから連絡をいただき、横になって待っていただく場所を配慮するなど、外来患者さまの満足度をあげていくためもっと地域の看護師と病院の看護師が連携を取りながら、市民の方々がより良い療養生活が送れる支援を考えていきたいと思っています。

 

WLBを考え、子供の成長と共に自分も頑張っていきたい

今は副師長という役職をいただいていますが、職種の異なるスタッフ間の人間関係を調整するのも私の大きな役割だと考えています。スタッフそれぞれに考えがあるので、異なった考えを融和して働きやすい環境にできるように、私ができるだけ意見を吸い上げ、師長と相談し、問題を解決できるようにと考えています。それが外来看護の質の向上にも繋がっていくと思っています。

 

また、私自身のキャリアとしては、自分にしかできない得意分野を創りたいと思っているのですが、まだまだ子供に手がかかり自分の時間を使って長期研修に参加するのは難しいのが現状です。

そんな状況ですが、先日はインジェクション・トレーナーの研修会に参加させていただき、知識を学んできました。だから今は、それを院内に広げられるように活動したいと考えています。そうしてWLBを考えながらできる範囲で自己学習を重ね、子供の成長を見守りながら頑張っていきたいとと考えています。

人と人とのつながりを感じるのがやりがい

iawata-5「手に職をつけたい」というだけの動機で看護師を目指した私ですが、就職してから配属された集中治療室で先輩方に刺激を受けて、この仕事を選んだことを誇りに思うようになりました。先輩の中でも、特に尊敬できたのは、知識が豊富で自分の意見を持ち、間違っていることは指摘し、自分が間違ったときは自ら謝るという姿勢の方でした。「いつかはこんな看護師になりたい」と思いながら、無我夢中で仕事を覚えた新人時代でした。

その後、内科病棟に異動になったのですが、内科の病棟は入退院を繰り返す患者さんや、ターミナルの方も多く、人と人とのつながりを感じるのがやりがいでした。特にうれしかったのは「今日は鈴木さんなんだ。嬉しいわ」といって、見せてくださる患者さんの笑顔でした。待っていてくださると思うことが、やりがいにつながりました。

そんな私がこれまで看護をするうえで心がけてきたのは、患者さんやご家族の希望は、個々に異なるということを意識することであり、シチュエーションに合わせた対応や、望まれていることを察知した対応をするということでした。これは、いろんな患者さんと接するなかで、患者さんが私に気づかせてくれたものだと思います。

 

ひとこと添えることを心掛ける

現在勤務しているのは、救命救急センターです。ここは、突然の事故や発症で入院される方ばかりなので、ご本人とご家族は動揺されている場合が多いです。そんな方々に対して、出来るだけ声をかけて安心感を与えられるよう、絶えず、ひとこと添えようと気を付けています。

とはいえ、重症患者さんへの看護は医療処置が多く、安全を守るための確認作業や記録が多いので、おのずと電子カルテに向かう時間が長くなってしまいます。しかし、わざわざコミュニケーションの時間をつくらなくてもコミュニケーションは図れると思うので、1つ何かをするときには必ずひとこと声をかけ、かかわっていこうと考えています、

救命では、患者さんは状態が安定したら病棟に移ってしまうので、回復された姿が見られないのが残念なところです。でも、たまにお手紙をいただいたりすることもあり、そんな時は、その人の大切な命を救えてよかったと嬉しく思います。

 

メンバーが働きやすい環境をつくりたい

iawata-5_2経験を重ねた今の私のモットーは、チームの雰囲気づくりを意識することです。看護はチームで提供するため、ギスギスした雰囲気では患者さんに悪影響を及ぼします。また、チームが協力し合ったり、情報が共有できないことは、いい看護につながりません。だから、雰囲気が良くなるように、スタッフに声をかけていくのが、年を重ねた私の役割だと思っています。

看護師としてどんな風に歩みたいか、今はまだ模索している途中ですが、チームのムードメーカーになり、「やるときはやる!」というメリハリを持って、メンバーが働きやすい環境をつくるのが今の私の目標です。

子どものころから白衣に憧れを抱いて

iawata-3子どものころから白衣を着て注射をする看護師さんを見て「かっこいい!」と憧れを抱いていました。そして将来は病院で働く仕事がしたいと思うようになりました。

そして看護学校に入学し、当院に実習でお世話になったのですが、その時感じたのは看護師が元気で明るく患者さまに温かいということでした。実習では他の病院にも行きましたが、当院の看護師がベッドサイドで患者さまと目線を合わせてお話をしている姿に触れるたび「私もここで、こんな看護がしたい」と思うようになって、当院への就職を希望しました。

 

患者さまにとって何が一番大切かを考える

これまで印象に残っているのは、プライマリーだったターミナルの患者さまのことです。その方は、病状の理解はできていながらも、まだあきらめたくないという思いが強く、精神的に不安定な様子でした。しかし私には強がった姿を見せて本音を吐いてはくれません。けれどもベテランの看護師には心を打ち明けて涙する場面も・・・。

「プライマリーの私に本音を打ち明けてもらいたい」という気持ちもあり、自分は必要とされていないような寂しさを感じていました。しかし客観的に考えると、それは自分勝手な希望であり、その人にとって心を許せる看護師が一人でもいる事は何よりもの救いです。そう考えた私は、「自分の役割は別にある」と思いを改め、役割を分担し、情報を共有しながらチームで支えていきました。

その経験から、患者さまにとって何が一番大切かを考えることの重要性を実感し、それは日ごろから意識するようにしています。

 

後輩指導の力をつけることが課題

iawata-3_2看護をしていて嬉しいのは、苦痛な症状が緩和され表情が穏やかになった時や、退院時に「ありがとう」と笑顔で帰られる姿を見たときです。患者さまは不安や苦痛をお持ちなので、心が不安定な時も沢山あります。私たちに八つ当たりをされることもあるのですが、それを「嫌だ」と思ってしまっては看護にはつながりません。「なぜこんな態度をされているのだろう?」と考えると、患者さまの気持ちが見えてきて、必要な援助も見えてきます。そうして援助していると回復につながることも多く、すると笑顔を見せてくださることも増え、そんな変化が嬉しいです。

私のこれからの課題は、後輩指導の力をつけること。昨年から看護部の教育に関わる役割をいただきましたが、人に教えるのは苦手なので、それを克服できるように勉強し、スタッフの教育に携わっていきたいと思います。それが、看護の質の向上につながればいいなと思っています。

患者さまの近くで仕事がしたかった

iawata-4小学生のころ、叔父が亡くなったことがきっかけで、将来は医療関係の仕事がしたいと思うようになりました。高校の時に進路を決める際、理学療法士なども考えたのですが、患者さまの一番近くにいられる存在という理由で看護師になろうと決めました。

浜松医大の卒業時に多くの友達は大学病院に残りました。しかし私は、新たな環境で技術を養いたいという理由から、大学病院ではなく、地域の病院に就職したいと考えました。そして知人が当院に入院したことから当院の看護に触れ、ここに就職したいと思ったのです。

 

思いを汲み取り、出来る限り希望を叶えたい

これまでの看護を振り返ると、いつも蘇ってくる出来事があります。それは卒後5~6年目に担当した、すい臓がんの患者さまのことです。

その方は、術後に退院されたのですが、しばらくして栄養状態が悪くなり、再入院して来られました。再入院後は輸液で状態が緩和されたので、輸液を行いながら退院に向けた準備をしていました。そんな頃、私が夜勤で受け持ちました。

夜中の2時ごろにその方からナースコールがあり「息が苦しい」「家族を呼んでほしい」とおっしゃいました。医師とも相談し、酸素をつけて朝まで様子を見てからご家族に連絡をすることを提案したのですが、ご本人は「もし間に合わなかったら君のせいだからな」と言い、不服な様子で息苦しさに耐えておられる様子…。そのためご家族に連絡をして来ていただいたのですが、その後しばらくしてその方は、ご家族に見守られながら帰らぬ人になりました。

振り返ると、私がとった行動は患者さまの希望に沿うものではなく、ご家族と過ごせる残された貴重な時間を奪う行為でした。その体験から私は、常に患者さまの思いを汲み取り、出来る限り希望を叶えられるよう行動しようと考えるようになりました。

 

緩和ケアのスペシャリストを目指して

iawata-4_2看護していて嬉しいと感じるのは、患者さまの笑顔やホッとした表情を見る時です。入院生活は辛いことが多いと思うのですが、私が関わることで気持ちが紛れ得て表情が綻んでくだされば私も嬉しいと感じます。

また、急性期を乗り越えた患者さまが退院される姿を見るのも、看護師としては嬉しいことです。私自身、看護師経験は外科系が多く、これまでそんな看護にやりがいを覚えてきたのですが、最近は、ターミナルの人への看護を深く学びたいと思うようになりました。私は心理面への介入が不得意な部分もあり、それを克服したくて緩和ケアについて学ぶため、緩和ケアの認定看護師を目指すことにしました。

研修を終え、緩和ケアの認定看護師になったときには、自分だけがスキルを使うのではなく。考え方を伝えて共有し、周りのスタッフと一緒に患者さまに関わりながら、緩和ケアを身近なものとしてとらえられる環境づくりに貢献したいと考えています。

赤ちゃんとかかわる仕事に惹かれて助産師に

iawata-2私が勤務しているのは、当院の周産期センターの病棟です。病棟ではお産に立ち会い、産後は産婦さんや新生児のケアを行います。また当院では、病棟の助産師が外来の妊婦健診の介助や保健指導にもあたっています。
助産師を目指すようになったのは、テレビで出産シーンを扱う番組を見たときに、感動とともに「こんな風に赤ちゃんとかかわる仕事があるんだ」と知ったのがきっかけでした。末っ子で育った私は、お友達の妹や弟を見て「うちにも赤ちゃんがほしい」と思いながら大きくなったことから、赤ちゃんとかかわる仕事に惹かれたのかもしれません。

 

ご両親には褒めて認める発言を心がける

新人の頃は、出産に立ち会う時は不安と緊張でいっぱいでした。あるとき、新人の頃に分娩介助をさせていただいたお母さんが、2人目も当院に入院して来られたのですが、偶然2人目も私が介助することになりました。産後にお話をしていると「2人目の時はあなたが落ち着いていて安心したわ」と冗談交じりで笑顔で話してくださいました。その言葉を聞いたときには、新人である私の緊張がお母さんに伝わっていたんだと反省しました(笑)。
それとともに、これまで周りのスタッフだけではなく、お母さん方にも支えられて今の私があるのだと実感しました。
日ごろから気にかけているのは、ご両親への対応です。出産・育児はご両親にとって不安がいっぱいだと思います。完璧を目指そうとしたら出来ないことに目が向いて余計に不安になるので、出来ていることに着眼して「出来ているよ」「大丈夫!」と、褒めて認める発言をするように心がけています。また、出産時には、外で待っているご家族も心配しているだろうと考え、時間が空けばできるだけ状況をご家族に伝えるようにしています。

 

お母さんが赤ちゃんを見る温かい笑顔が大好き

iawata-2_2助産師としてやりがいを感じるのは、お母さんの笑顔を見る時。出産時に辛い表情のお母さんも、赤ちゃんが産まれた瞬間に表情が一変して笑顔がこぼれます。その瞬間が助産師にとってやりがいを感じる時だと思います。また、授乳中などお母さんが赤ちゃんを見る温かい笑顔も大好きです。
また、時にはお腹の中で赤ちゃんの心音が停止するなど、悲しい場面もあり、そんな場面に立ち会うのは辛い時です。気持ちの整理もつかないままに、亡くなった赤ちゃんを分娩することもありますが、そんな時には傍に付き添い、ご両親が気持ちを吐き出して、たくさん涙を流せるように配慮しています。
今、私は子育てをしながら仕事をしているので、自分のために使える時間は限られていて、勉強不足を感じています。だからもっと上手に時間を使い、研修会への参加など、勉強の機会をつくって知識を高めようと考えています。そうすることで、この先の目標を見つけて、キャリアアップしていきたいと思います。